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COLUMN

旧元旦、新月、東京遠征。

2020.01.27

コラム

ここ2日ほど、イベントが一気に重なり、
旧元旦は京都にてシークレットリトリート、
そしてご招致頂いた遠征があった。


丁度旧元旦の日は水瓶座の新月ということで、
また一つ大きな切り替えのターニングポイント。

その日リトリートしながら、受信したメッセージは、
ゼロ。真っ白。ありのまま。知識を手放す。

要するに、体現者であれ、ということなのだろう、と思う。

そして、その翌日であるイベントで、
招致してくださった、ナオコさんとのお話の中でも、

やはりこれからはいかに純度が高いか、ということ。
知識や予測を手放すということ。
私で在れ、というところだ、というお話になったように思う。

純度が高い、というのは、
行動に対する動機が、ハートから来ているのか、
それとも、思考から来ているのか、ということ。

こうすることで、こういう段階を経て、こういうものが得られるだろう。
だから、する。

誰かが言っていた、こういう効能があるにちがいない、だから得る。

…というものは、全て打算であり、予測である、ということ。

じゃなくって。

『私』は何を感じているの?
『私』はそれにワクワクするの?

といった、その部分が純粋性であって、
それこそが、最も力を持つようになる時代になる、ということである。




創造主である、ということは、
『私を信頼する』ということ。




起きていることは全て完璧に起きていて、
そして、私の選択しているものに間違いはない。
必要なものは全て与えられていることを知っている。
そして、今手に入っていないものは、今は必要ではない。

…ということなんだ。

それは、自己統合の上で、
成り立つ感覚である。


ごく一部。

自分が分かりません。
だから教えてください。

自分の感じていることが分かりません。
だから答えを下さい。

…で?

そして、いわゆるスピリチュアルの世界に逃げる。
特別性やストーリーの世界に入っていく。

それは、自分を見ることから、目を背けているってことなんだよ。

どうして、自分であることを怖がるのだろうか。

なにもない自分になることを怖がるのだろうか。


ただ、それすらも好き好きであるんだ。

私は淡々と、
自分の純度を上げ続けようと思う。