公式ブログ

まきろんのイマココメルマガ

脳科学×スピ×量子力学 MAKIRON 公式Twitter

COLUMN

大衆と私。

2020.02.07

コラム

昨日は住んでいる滋賀の地に、
沢山の雪が降り積もる。

元気になった娘が外に出たいと訴え、
いそいそと寝巻きにコートを羽織りながら外に出る。

丁度、時間的に主人が帰ってくる頃合い。

娘の散歩がてら、駐車場まで迎えにいくと、
案の定鉢合わせる。

そして、そのまま私、主人、娘と手を繋ぎ、
雪が積もる街の中を、遊びながら戻っていく。

…そんな、日常のとある一コマ。

その中に、幸せという幸せが、
ぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

私は今、幸せです、が完了している世界。

大衆に見られること、
SNSの中である程度拡散されること。

自分ではない大多数に認知されることよりも、

直接的に幸せを運んでくれるのは、
私の手が届く範囲の人々だなと、
改めて思う…。

昔は、マスの中に幸せがあると、
錯覚していた時もあった。

でも、その時が、
もしかしたら一番欠乏していた時かもしれない。

正直、もうマスを狙ったメッセージは、
書けないかもしれない。

自分の中から出てくる言葉しか、
素直に綴れない。

そんな自分に、
たまに不安になる瞬間がある。

…でも、
大切なものが、ちゃんとここにあれば、
例え、大衆が私に飽きたとしても、
私はいつでも幸せで在れるのだ。

そして、信頼関係で結ばれる人がいれば、
マスを頼らずとも、仕事は続いていくものだ。



自分にとっての真っ直ぐを生きれば、
私はこの世界は如何様にもクリエイトできると思っている、

それが、自分という創造性を
信頼して生きる、ということだと思う。

だからこそ、
マスに踊らされないこと。
マスに合わせようとしないこと。

そこに戻ってくる自分がいる。

自分にとっての信念とは、
いつだって唯一無二のものである。

そして、誰かにとっての信念も、
それ自体が唯一無二である。

二元の世界を生きてきた私たちは、
どこかで、何かに合わせなきゃといった
思考が働くこともある。

そして、マスを意識してしまう。

そうではない、
唯一無二の存在であるという意識を。

もう一度持っていたいと思う。